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大喜利って、お題と返しがあってはじめて成り立つものだと思う。

2011年01月04日 12:47

おととい、私が実家から帰ったりそのまま初仕事やってたりする間に、何やらドタバタがあったようで。
また際どいお題でも投げたかなぁと中身を見たら、案の定。
そーいうのお好きよねぇ…と思いつつ、そんなこんなでとあるフォロワーさんと@を返し合ううちにこれって感じのが見えてきましたもので、それをここにまとめておこうかと。

・対象へのリスペクトを微塵も感じられないdisネタって、ただの誹謗中傷かなと。そんなのを公共の電波に垂れ流すのが楽しいの?あなたの政治的主観を垂れ流す場がお笑いなの?みたいな。
大喜利をみて思わずオモシロいっと思った返しネタ、よくそのお題からこの言葉を持ってきたなと思わずにいられない返しネタ…そーいうネタには感嘆せずにいられない美しさがあるんだと思う。
・その美しさって何だろう…その一つにはお題と返しネタとの位置関係にあるんだと思う。そんなとこで合体しちゃうの?みたいな。
・例えば、昨日のお題
『「一富士二鷹三茄子四○○」丸に何かの言葉を入れて初夢を台無しにして下さい。』
への返しの一つに
「一富士二鷹三茄子四ツ谷御茶ノ水神田終点東京の順に停まります(eephus_pitchさん)」
という返しネタがあるのだけど、これには「夢に出てくると縁起のいいものが三つ続いて、四つ目がくると思いきや急に中央線快速に引き戻される感じ」があって、それがオモシロいなぁと私は感じたわけで。返しネタだけだと電車の日常風景だけど、これをお題への返しとして出す事で「夢を想起するゾーンから場面を転置させるネタ」として成立する。ここに大喜利のオモシロさの一つが現れていると思う。
お題と返しがきれいにはまるネタには美しさを感じる。ただ、そういうのを量産するのは難しそうで、結局お題か返しのどちらかの素材の力だけで笑わそうとしちゃうんだろうなと。disネタはその典型。それでも素材の下ごしらえを上手にする事で十分オモシロいネタになりうるとは思うけど、それを怠ると素材をまずくするだけ。お笑いどころか不快の種になるだけ。



これがお笑いの全てなわけがないし、そう思いたくもない。
まだ見ぬ美しさを体感してみたいし、できればそーいうのを作ってみたい。
だから、目が離せないんでしょうねぇ。

ついでに、前のドタバタ時に書いた痛い文章もよろしければ。


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