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誰かへの”ひとりごと”

2010年03月03日 22:23

あるべき姿というのは他人が決めるものではない、導くことはあるとしても。

決めるのは、あくまで自分自身。

絶対という言葉が効き目を持つ唯一の存在は、自分自身。

だから、「オレはこう決めた」みたいなものが背骨に透けて見える感じであれば、

私から何も言うつもりはない。

勝手にすればいいってだけの話、いい大人なんだし。



はいい。

知らないところへのならもっといい。

わけわからない刺激にあふれている。

きっと戸惑いだけで一日終わっちゃうんだろうけど、

なんか新陳代謝が進んでる感じがするし。



限られた時間、限られた資材、限られたスペック、

そのなかでどれだけの成果が見込めるかを、事前に見通すこと。

無謀な見積もりは、身体に必要以上の負担を強いる事になる…それにより身体が成長することもあるけど。

あと大事なのは、成功のボーダーラインをどこに設定するか、ということだろうか。
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ボーダーラインを越える感覚

2009年06月14日 09:21

体の内側と外側、それが自分と世の中とのボーダーライン


熱いやかんをさわることで、やかんの熱さを認識する。

フェンスに体ごとぶつかる事で、向こうの世界とのボーダーライン認識する。

言葉のキャッチボールを通じて、他人の存在認識する。


言葉のキャッチボールを通じて、他人のある部分に共感する自分を認識することはある。

ただ、他人がボーダーラインを越えて自分の中に入ってくる事は、基本ありえない。

「他人と一つになる感覚」という言葉は、今のところ信じられない。


セシルが、彼を痛がらせ、跡を残し、夜にセシルの夢を見させるためにシリルと激しくキスをした一幕を見る限り、セシルも”信じていない”クチなのかなと( ・∀・)アヒャ


以上、フランソワーズ・サガン「悲しみよ こんにちは」第二部第五章までを読んだ感想文でしたっと((φ(・д・。)

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2009年01月29日 00:57

 恵まれているか貧しいかの違いなんて、

 どこにボーダーラインを引くかの問題だと思う。

 ものすごく厳しいところにラインをひけば、よほど恵まれてない限り貧乏人と認識する、ただそれだけ。

 自分が望むものが今の自分で調達できてしまう場合、ただだらけてしまうだろう。

 常に背筋をピンッと張るために、今の自分をさらに高めないと届かないところに、自分の望むラインを引くのだろう。

 もっとも、今の自分がどれだけの存在なのか、自分が望むものがどこにあるのかが分からなければ、ラインなんて引きようがないわけですが。

 


 中途半端に飲むと、頭痛が(´ヘ`;)




これを書いたのは2007年12月。
17分…PJCスピーダの決勝に出れるクラスにとっては、不調時のタイムなんだろうなぁと。


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